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少しカッチリとした、各国のネタをご紹介

スーダン内戦と南スーダン独立

2011年に南スーダンが独立を勝ち取るまでには、長い道のりがあった。

スーダン南部と北部の間には、第一次内戦(1956年~1972年)と第二次内戦(1983年~2005年)が続いていた。
スーダンは独立後の3/4の期間内戦を行ってきた国であり、現在もなおダルフールなどの問題を抱えている。
この国特有の複雑な民族問題に国際社会の利害が絡み合い、出口の見えない泥沼となっている国である。

 

第一次内戦は、いわば単純な戦いであった。
スーダン北部のアラブ人は、南部の黒人を奴隷狩り・売買の対象としていた。
このような両者がひとつの国としてまとまるには無理があり、第一次内戦の主な原因となった。
大きくみればアラブ人と黒人の戦いとみることができた。

 

第二次内戦は社会的・経済的発展の不均等を原因に、ディンカ民族のジョン・ガランが立ち上がったもの。
大義名分としては南部の独立のためではなく、政治体制の変革を目指していた。
しかし北部と南部の境界線あたりで大規模な油田が見つかった頃より状況は複雑化する。
アメリカをはじめとする諸国政府がスーダンから利益を得ようと介入、ジョン・ガランを指導者とするゲリラ組織SPLA/Mを支援。
一方、北部の政府側にはリビアやエジプトなどのムスリム政府がついた。
下写真は内戦中、独立前の南スーダンの小学校で撮ったもの。
空爆があればすぐ逃げないと死んでしまうことを、絵で子供たちに教えている。

 

内戦中、反政府勢力SPLAの兵士たちは自分たちの新しい国を『ニュースーダン』と呼んでいた。
独立を切望して戦う彼らは、独立から10年も前からニュースーダンの紙幣をデザインしていた。(下写真)

 

辛く長い時期を経て、ついに独立を勝ち取った南スーダン。
どのような国になるのか注目したい。

 

 

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